2009年02月16日

ミニコンポ水で洗いましたw

手の負傷によりギターを弾けないギタリストに成り下がっています。

まぁ、こんな時は他のことに目を向けて取り組んでみようと
ミニコンポの分解洗浄してみました(笑)
要は水洗いね〜
水でじゃぶじゃぶ洗いました


ビデオ1ビデオ2その他3つの切り替え不能となってしまい
ビデオ1だけ生き残っていたので
PCからと、MTR2台からの切り替えが出来ず
ビデオ1に、イチイチ裏の配線抜いたり挿したりしてました。
ハッキリ言って面倒です!

そこで自然をこよなく愛するジャズギタリストの
薩摩ストラト白波キャスターは考えました

このまんまゴミにするくらいなら
昔TVでやってた家電製品を洗う。
これぞエコ!
大手企業が出すだけ出しといてエコエコと
謳ってる口先エコではないのですw

まぁそれはいいとして
その番組を思い出し挑戦することにしました〜♪

皆様も、ひょっとしたら何時何時僕と同じ環境になるかも
知れないですよ!ww

ということで
ジャズギターとは関係ありませんが
僕の指とオーディオソース切り替えの
ファンクションボタンを治療する工程を
次回から連載でお届けします。

ピッチピッチジャブジャブランランラン♪



posted by 薩摩ストラト白波キャスター at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ジャズギター練習日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月04日

素晴らしき思ひ出(宗像編)

関節痛でギターも弾けないことだし
素晴らしい過去の思い出を綴ろうかなと思います。
ジャズギターとは全く関係のない話です。
かなり長文となります!(^^;


今思えば、テレビや映画のワンシーンだったすね。

33年生まれの僕は小学校6年生の春頃
福岡県の新宮小学校から宗像郡の津屋崎小学校へと
転校しました。

緊張と不安の中でしたが
クラスのみんなが暖かく迎えてくれた事を
今でもよく覚えています。

丁度その頃、修学旅行シーズンで
クラスの生徒も仲のいい子同士で部屋割りとかを
自主的に決めていた時でもありました。

新入りの僕なんて行き場のない同然の状態でしたが
みんなが、こっちにこっちにおいでとって誘ってくれました。

そんな中、やがて部屋割りも決まり、あとは楽しいその日が来るのを待つだけとなり
自分の気持ちがスゴク楽になった記憶が今でも鮮明に残っています。


ある日の放課後、突然の大雨で学校からの貸し出し用の傘も
新入りの僕にはその存在さえもわからず
今で言うレンタルの傘はなくなってしまい
途方に暮れていました。

そんな時、今回の修学旅行の同じ部屋に誘って頂いた方が
事情を察し、個人用の傘を僕に貸してくれたのです。

俺は友達と帰るからと言って降りしきる校庭をその友達と
相合傘で帰って行く友達の後ろ姿もよく覚えています。

その傘を貸してくれたのは、とうふ屋さんの息子になります。(その節はありがとうございました)



翌日は昨日の雨も止み
いつも通り学校へ行き数日が経ちました。

そんな時、俺の傘は?
と友達に聞かれ、ハッ!としましたが
僕も傘の事なんてスッカリ忘れていて
どこにあるのかも覚えていない始末です。

彼は怒りました
当然です。
しかし僕は何か言い訳、もしくは素直に謝らなかった記憶が
あります。

当然、修学旅行の部屋も解除され
みんなからも村八にされた感じがしました。
自分のミスながらも寂しい日が続きました。

他のクラスの生徒にも情報が伝わったのか
おぃ! キサマ! とケンカを売るように挑発されましたね。
自分が悪いのに認めない愚かさなんでしょうか・・


しばらくそんな状態が続き、毎日が嫌な日々でした



ある日廊下で、他のクラスのボス的存在に
因縁をつけられ(原因は傘問題)僕も負けん気だけは強いので
お前に言われる筋はないとか
その頃のツッパリをしてたんでしょう(恥)

そこに総元締めの僕と同じクラスの番長が現れた時は
さすがに、内心ヤバイ!って思いました。
今ケンカしているヤツとも仲がいいですし
最悪の状態です。

これでいよいよ皆を敵に廻してしまった
もうこの学校には居ることができないと思いました。

しかし自分の思いとは裏腹に
その番長は僕を殴るのではなく僕の相手を殴ったのです。

いつまでも言ってるんじゃないぞ〜!みたいな感じで。
(すみません九州弁忘れてしまいました)

で、僕にもこう言いました。
素直に謝れば済むことではないのか!?


その間わずかな時間だったと記憶しています。

今思えばこんな小6どこにいます?
宮地獄神社交差点から少し南下したところにある
お肉屋さんの息子さんでした。
その節はありがとうございました。


その後、僕も十分に反省し豆腐屋の友達に
心を込めて謝りました。
スグ納得してくれて受け入れてもらえたことと
その時の彼の、もういいよって言う笑顔を今でも忘れてはいません。



それから僕の状況も新入当時の時に戻り
夏が過ぎ秋の運動会も
津屋崎小学校のみんなと楽しく過ごさせてもらいました。(感謝)


秋もやがて過ぎ、冬へと季節がさしかかった頃
親の事情で突然愛知県へと引っ越すと言われました。
この学校にきて半年目の12月だったかな・・。
半年前にこのクラスの壇上に立って
始めましての挨拶をし
わずか半年で今日はお別れの挨拶です。


自分の事ながら、どんなお別れの挨拶をしたのか
覚えていませんが
挨拶を終え、父親と二人で校庭を校門に向かって
帰ってると
おーぃ! がんばれよー! 俺たちの事忘れるなよー!

振り向くと校舎の窓からみんなが溢れんばかりに
校舎の窓から手を振っていたのを記憶にしています。

この映画のようなワンシーンは僕の人生の宝物です。

ええ、貴方たちのことは忘れません。
津屋崎小のみんな ありがとう!


みんな、いいお父さんお母さんになってるんだろうな
いやいや、じいちゃん、ばあちゃんになってるかも・・


※市町村合併のため間違い等あると思いますが
 30数年前の遠い記憶ですので
 ご了承ください。







posted by 薩摩ストラト白波キャスター at 05:47| Comment(0) | TrackBack(1) | ジャズギター練習日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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